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2015年10月 4日 (日)

元気過ぎる雑草に思う

・昨日、農道の草刈り作業が無事終わりました。

 計画通り14人が参加し、4つのグループに分かれて各方面を分担

 し、午前中の早目に作業が完了しました。

 農道と云っても全部が舗装道路で、路肩や道路沿いの水路との境目

 に生える草を刈る作業です。

 普通の草刈りは、刈った草を軽トラに積んで路面を綺麗にしますが、

 我々の草刈りは極一部を除いて草を放置します。

 以前は刈った草を運ぶのが当たり前だったと思いますが、年々放置す

 るようになった気がします。

 作業者のプライド的に云うと、草刈りは道路を綺麗にすることでもありま

 すから、当然刈った草は除去すべきです。しかし、それをすると作業量

 が相当増えることになり、体力的にも負担が掛ります。

 何よりも皆の頭には 「折角草を刈っても、1か月も経てば元の木阿弥」

 と云う思いがあるのが理由です。

 放置した草は2~3日すると枯れて量が減り、意外に目立たなくなります。

・全く雑草の生命力の凄さには、いつも脅かされると云うか悩まされます。

 雑草がバイオ燃料や食料になれば、良い循環が生まれて助かるのですが。

 そう云えば、昔は農耕用の牛や馬の餌にするために、草の取り合いだった

 と云う話を聞いたことが有ります。

 私も小学生の頃、飼っていたウサギの為に、美味しそうな草を取りに回って

 いた事を思い出しました。

 最近では一挙両得を狙って、ヤギを飼う話を聞きますね。

 文明が発達していない昔の方が、合理的だったことも随分ありそうです。 

 でも生活の基盤が余りにも変わり過ぎて、もう昔に戻ることは出来ません。

・幼稚園児の声を騒音と感じる人が4割近くいるそうです。

 自分の経験からは理解できません。

 確かにうるさく感じることもあります。 しかし人間の営みそのものと云って

 も過言ではなく、逆に好ましい音と感じる人も居ます。

 過疎化が進んでいる地域に住む私には「頼もしい音」です。

 もし「騒音」と感じるとしたら、やはり快適さをひたすら追求して来た文明の

 罪かも知れません。

  Photo

  季節を感じさせる 萩

 今年は最高に大きくなって、一杯花が咲いた。

 ちょっとした風で何回も枝が折れたのに 変な奴だな。

 

 

 

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